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介護事業新規参入M&A事例|新設子会社で有料老人ホーム3施設を事業譲受した設計

2026 8/22
事例
2026年8月22日
介護事業新規参入M&A事例で有料老人ホーム3施設の事業譲受計画を話し合う介護職員と担当者

介護事業新規参入M&A事例を探す企業経営者と買収担当者に向け、全研本社株式会社(現Zenken株式会社)が100%子会社を新設し、埼玉県久喜市の有料老人ホーム運営事業等を譲り受けた案件を一次資料から検証します。異業種の親会社が既存会社の株式を買うのではなく、介護事業を担う法人を先に用意し、選んだ事業を移した点が本件の中心です。

本稿は当事者、行政機関および法定開示の公開資料を編集部が読み解いたケーススタディです。介護M&A総合センターが本件の仲介、助言、契約、資金調達またはPMIを支援した事実を示す記事ではありません。取引当時に確認できた事実、買い手が示した将来構想、取引後に公表された情報、同種案件へ応用できる一般的な実務を混ぜずに記載します。

目次

本稿の事実表示ルール

  • 確認済み事実:当事者の公式発表、適時開示、法定開示または行政公開資料に記載があります。
  • 当事者の期待:買い手が取引理由や成長戦略として述べた将来像です。実現済みの成果ではありません。
  • 後日確認情報:2022年7月1日の完了発表や、その後の決算・行政資料で分かった事項です。
  • 実務上の提案:公表されていない契約内容や社内手続を推測せず、同種の事業譲受で検討すべき事項として示します。

目次

  1. この案件を理解する八つの要点
  2. 公表事実・期待・一般論の境界
  3. 2022年3月16日・4月1日・7月1日の確認済み時系列
  4. 当事者と受皿会社の役割
  5. 新設100%子会社を使った事業譲受スキーム
  6. 承継された3施設・通所介護・訪問介護の範囲
  7. 建物等の承継と敷地利用を分けて読む方法
  8. 株式取得・事業譲渡・会社分割との違い
  9. 新設会社を受皿にするときの経営設計
  10. 設立から事業開始まで3か月の立上げ工程
  11. クロージング前の運営開始テスト
  12. 有料老人ホーム届出と介護保険指定の切分け
  13. 入居者・利用者契約を移す実務
  14. 従業員承継と雇用条件の扱い
  15. 介護記録・個人情報・請求データの移行
  16. 建物・賃借地・設備のデューデリジェンス
  17. 価格非開示と会計開示を混同しない
  18. 事業譲受契約の公開範囲とクロージング条件
  19. 施設名称変更と関係者コミュニケーション
  20. 外国人介護人材戦略は買い手の期待として読む
  21. 新規参入者が作るべき運営モデル
  22. 取引後のKPIと検証可能な仮説
  23. 新規参入案件のDD依頼資料
  24. Day 1から100日までのPMI
  25. 組織・会計・資金・システムの管理
  26. 想定される失敗と是正策
  27. 担当別チェックリスト
  28. 譲渡側が整える確認事項
  29. 新規参入する買い手の確認事項
  30. よくある質問
  31. このスキームが向く条件・向かない条件
  32. まとめ
  33. 免責・更新基準・出典

介護事業新規参入M&A事例を理解する八つの要点

第一に、買い手は既存の介護会社の株式を取得したのではありません。全研本社は2022年3月16日に100%出資会社の設立と有料老人ホーム運営事業等の譲受を決議し、適時開示上の事業譲受契約締結日も同日です。対象会社に権利義務が残ったまま株主が変わる株式取得とは、承継対象の決め方が根本的に異なります。公表資料から契約書の署名当事者や、新会社設立前後の契約上の地位の扱いまでは確認できません。

第二に、受皿会社は契約日にはまだ存在していませんでした。初回開示では名称未定の新会社を2022年4月1日に設立する予定とし、実際に全研ケア株式会社が同日設立されました。取引契約、子会社設立、業務開始を三つの別イベントとして管理したことが、時系列上の特徴です。

第三に、2022年7月1日に譲受と介護事業の開始が公表されました。3月16日は決議・契約日、4月1日は法人設立日、7月1日は譲受・開始日です。Excelのニュース掲載日は3月17日であり、公式な契約日とは一日ずれます。検索記事の日付をそのまま法的実行日と扱わないことが重要です。

第四に、対象は住宅型有料老人ホーム3施設だけではありません。完了発表によれば、各施設には通所介護サービスが併設され、別途、訪問介護事業所も掲げられました。「三つの建物を取得した案件」でも「単一の老人ホーム運営権を買った案件」でもなく、住まいと在宅系サービスが組み合わさった事業単位です。

第五に、初回開示は譲り受ける資産・負債を事業遂行に必要なものへ限定し、主な対象を建物等と説明しましたが、土地を対象外と明記してはいません。取引後の行政公開資料では各施設の敷地が事業者賃借と示されています。二つの情報を合わせても、契約上の対象明細や土地所有権の移転有無を公開資料だけで確定してはいけません。

第六に、譲受価額、対象事業の経営成績、承継資産・負債の金額は相手方の意向により非開示でした。初回資料の「金額は軽微」という表現から価格を逆算できません。後年のキャッシュ・フロー計算書に事業譲受による支出が現れても、その数字を契約上の公表価格へ読み替えることは避けます。

第七に、完了時の公式発表は対象事業の従業員と入居者をそのまま継承すると説明しました。ただし、発表には個別の雇用同意、入居契約の再締結、債権譲渡通知、介護保険指定や各種届出の手法までは書かれていません。「サービス上の連続性を目指した」という事実と、個別契約の法的移転方法を区別します。

第八に、ITと語学教育の力を海外介護人材の紹介、教育、定着支援へつなげ、取得施設をモデル拠点とする構想は買い手が示した期待です。取引発表だけでは採用人数、定着率、介護品質、収益改善、外販件数を立証できません。戦略の合理性を検討することと、成果を断定することは別です。

公表事実・買い手の期待・一般論の境界

実在案件を教材にするときは、情報の種類をラベルで分けると誤解を防げます。本件では、次の表を記事全体の読み方として使います。

区分 本件で記載できる内容 記載してはいけない飛躍
確認済み事実 100%子会社設立、事業譲受、3施設等、三つの主要日付、建物等を含む限定承継、価額非開示 公表されていない契約条項、譲渡企業の内心、特定の税務効果を補う
当事者の期待 IT・語学の強みを介護現場へ接続し、海外人材活用のモデルを作るという買い手側の説明 シナジーが達成された、採用難が解消した、企業価値が増えたと確定する
後日確認情報 7月1日の譲受完了、施設名変更、従業員・入居者の継承という発表、後年の会計記載 後日資料を初回契約時点で既知だった条件として書く
一般的実務 指定権者相談、契約同意、労務説明、データ移行、建物DD、PMIの推奨手順 本件当事者がその手順を採用した、問題が起きた、是正したと推測する

譲渡企業の譲渡理由は、今回確認した買い手開示に具体的に書かれていません。したがって、後継者不足、赤字、撤退、資金需要、本業回帰といったありがちな説明を当てはめません。同様に、価格非開示を「安く取得した」「簿価で譲った」と評価する根拠もありません。

本件の後に買い手が海外人材関連サービスを展開した事実があっても、事業譲受時に掲げた期待がすべて達成された証明にはなりません。成果検証には、取得前に定義した指標、比較期間、母集団、外部環境の補正が必要です。本稿のKPI節は、その検証方法を一般論として提案します。

2022年3月16日・4月1日・7月1日の確認済み時系列

三つの日付にはそれぞれ別の法的・業務的意味があります。ニュース掲載日を加えた四列で整理すると、取引の準備期間が見えます。

日付 確認できる出来事 実務上の意味 断定しない事項
2022年3月16日 全研本社の取締役会決議、事業譲受契約締結、初回公式発表 スキームと予定日を対外公表した契約段階 この日に施設運営主体が切り替わったとは扱わない
2022年3月17日 参照Excelのニュース掲載日 データベース収録上の日付 契約日、会社設立日、譲受日ではない
2022年4月1日 全研ケア株式会社の設立 資本金50百万円、親会社100%出資の運営受皿が成立 設立と同時に3施設を取得したとは言わない
2022年7月1日 有料老人ホーム運営事業等の譲受、介護事業開始、施設名変更の公表 Day 1。運営主体と施設名称が切り替わった基準日 利用者・従業員・請求・会計を含む個別手続の完了方法や同意内容までは不明

初回開示では4月1日と7月1日は予定日でした。7月の公式発表によって、少なくとも事業譲受と事業開始がその日に行われたことを後から確認できます。記事では、3月時点の予定と7月時点の完了確認を一文に押し込まず、情報が更新された順番を保つべきです。

設立前の新会社には、自社名義の銀行口座、介護請求環境、就業規則、取引履歴や過年度実績がありません。設立後に従業員受入れを含む基盤を整える必要があります。4月1日から7月1日までのおよそ3か月は、単なる待機期間ではなく、法人インフラと現場運営をクロージング日に接続する立上げ期間と捉えられます。ただし、実際の本件プロジェクト計画は公開されていないため、具体的に何を何日で実施したかは後段の一般論と分けます。

当事者と受皿会社の役割

主体 発表当時の位置付け 本件における役割
全研本社株式会社 上場会社。2023年10月1日にZenken株式会社へ商号変更 100%子会社設立と事業譲受を決議した買い手親会社
全研ケア株式会社 2022年4月1日設立、資本金50百万円、全研本社100%出資 有料老人ホーム運営事業等を受け入れ、介護事業を運営する法人
株式会社ヒノキヤレスコ ヒノキヤグループの子会社 対象事業を譲渡した会社
株式会社ヒノキヤグループ 発表当時の譲渡企業親会社 ヒノキヤレスコを100%保有していたグループ親会社

現在名と取引時点の社名を混ぜると、契約当事者を誤認させます。本稿では2022年の出来事には「全研本社」を使い、現在との関係を示す必要がある箇所だけ「現Zenken」と補います。Zenken株式会社への商号変更は2023年10月1日であり、2022年の事業譲受契約の当事者名を遡って変えるものではありません。

全研ケアの存在は、親会社の事業部がそのまま施設を運営したのではないことを示します。親会社が資本、ブランド、共通機能、戦略を提供し、介護の運営責任と損益は子会社に置く構造です。実際の権限規程や委託範囲は非開示ですが、同種案件では親会社と新会社の責任境界を契約前に設計しないと、Day 1に承認待ちが集中します。

新設100%子会社を使った事業譲受スキーム

取引構造は、「買い手親会社が譲渡企業会社の株式を買う」のではなく、「買い手親会社が新会社を100%で設立し、その新会社へ譲渡企業の特定事業を移す」というものです。図式化すると、親会社から受皿への出資と、譲渡企業様から受皿への事業移転という二本の矢印があります。

買い手親会社:全研本社(現Zenken)
↓ 100%出資・親会社機能
受皿会社:全研ケア
↑ 有料老人ホーム運営事業等の限定承継
譲渡会社:ヒノキヤレスコ

事業譲渡では、何が移るかを契約で特定します。初回開示も、承継する資産・負債を対象事業の遂行に必要なものへ限定したと説明しています。これは、譲渡企業会社のすべての資産、すべての債務、過去の事業履歴が新会社へ当然に移ることを意味しません。

一方、選択承継には実装負荷があります。建物、設備、在庫、敷金、預り金、売掛金、未払金、契約、従業員、利用者情報、電話番号、ドメイン、請求データ、行政手続などを、一項目ずつ「移す」「移さない」「別途同意」「新規契約」「移行期だけ利用」に分類する必要があるためです。対象外にしたものが事業継続に不可欠だった場合、会社は存在しても運営できません。

新設会社を使う利点として、介護事業の損益・資金・権限を親会社の既存事業から分けやすいこと、外部契約の名義を新しい運営主体にそろえやすいことが挙げられます。これはスキームから導く一般的な利点であり、全研本社がこの理由だけで新会社を選択したと断定するものではありません。

承継された3施設・通所介護・訪問介護の範囲

2022年7月1日の公式発表には、全研リビング久喜の壱番館、弐番館、参番館と、訪問介護事業所が記載されています。三つの施設はいずれも住宅型有料老人ホームと通所介護サービスを掲げ、訪問介護事業所は壱番館と同じ所在地です。

拠点 所在地 公式発表にあるサービス 承継時に分けて見る単位
壱番館 埼玉県久喜市本町5丁目 住宅型有料老人ホーム、通所介護 住まいの契約、デイ利用契約、建物・土地利用、共用設備
弐番館 埼玉県久喜市本町5丁目 住宅型有料老人ホーム、通所介護 隣接拠点との人員・備品共有を含む独立採算と共通運営
参番館 埼玉県久喜市鷲宮6丁目 住宅型有料老人ホーム、通所介護 別所在地としての管理、移動、緊急連絡、契約名義
訪問介護事業所 壱番館と同じ所在地 訪問介護 指定、利用者、訪問計画、サービス提供責任者、請求

住宅型有料老人ホームの入居契約と、併設または関連する通所・訪問介護の契約は同じではありません。入居者が併設事業所を利用していても、それぞれの契約、重要事項説明、個別援助計画、請求主体を確認します。施設ブランドが一つだから契約も一つ、という整理は危険です。

この点が、既存の住宅型有料老人ホームと併設訪問介護の一体譲渡事例との違いです。既存記事は入居者契約・職員雇用・行政届出を一般化した架空ケースが中心ですが、本稿は実在の新規参入案件における受皿会社の立上げ、土地と建物の境界、親会社能力との接続を主題にします。

建物等の承継と敷地利用を分けて読む方法

確認済み事実です。 2022年3月16日の開示は、承継資産・負債を事業遂行に必要なものに限定し、その主な資産を「建物等」としました。ただし、項目別の明細と金額は非開示で、土地を対象外とする明文もありません。取引後に全研ケア名義で作成された埼玉県の2022年版重要事項説明書では、三施設の敷地が事業者の所有ではなく賃借と示されています。したがって、公開資料から本件を「老人ホームの土地建物を一括取得した不動産売買」と確認することはできません。

ここで注意したいのは、「建物等」という記載が三施設すべての建物所有権を同一条件で取得したことまで意味しない点です。行政公開資料では壱番館と弐番館の建物は事業者所有と読み取れる一方、参番館は建物利用関係を別途確認すべき表示です。公開情報から安全に言えるのは、承継資産に建物等が含まれ、取引後の施設運営では三敷地が賃借と表示されたことまでです。土地所有権の取得、各不動産の登記原因、契約上の評価額、対抗要件、賃貸人の同意条項は公表資料から確認できません。

対象 公開資料からの結論 同種案件で確認する証憑 避ける表現
建物 譲受資産の中心として建物等が明記 登記事項証明書、固定資産台帳、工事履歴、検査・消防資料 「三棟を同額で取得」「全建物に瑕疵なし」
土地 初回開示の主な資産には列挙なし。取引後の施設資料では敷地賃借 土地賃貸借契約、承継対象明細、更新・解除・譲渡条項、地代、保証金、権利者確認 「土地所有権も取得」「土地は契約上の対象外」「土地契約は自動承継」
設備・備品 「建物等」の等に何が含まれたかは非開示 資産番号、現物写真、リース台帳、保守契約、所有者ラベル 「全設備を無条件で承継」
負債 必要な負債に限定とされるが項目・金額は非開示 未払、預り金、原状回復、修繕負担、前受利用料の明細 「債務を一切引き継いでいない」

建物所有権を取得しながら敷地を借りる構造であれば、事業価値と不動産価値を別々に検討します。土地賃貸借の残存期間が短い、承継に貸主承諾が要る、建物買取請求や原状回復の取扱いが曖昧、地代改定式が収益計画と合わない、といった条件は介護事業の継続期間に直接影響します。初回開示に土地が列挙されていないから不動産DDが不要なのではなく、むしろ事業継続の基礎となる使用権と契約上の対象明細を丁寧に確認します。

また、建物の所有と施設運営は別の能力です。買い手は耐震、消防、非常用電源、給排水、浴室設備、ナースコール、空調、修繕計画を技術面から把握し、現場の事故予防と資本支出へつなげます。建物の帳簿価額が小さくても、将来修繕費や休業リスクが小さいとは限りません。

株式取得・事業譲渡・会社分割との違い

同じ「介護事業のM&A」でも、法的手法が変われば承継の原則が変わります。次の表は一般的な比較であり、税務・許認可の結論は案件、サービス種別、自治体、契約内容に応じて専門家へ確認してください。

観点 株式取得 事業譲渡(本件) 会社分割
取得するもの 対象会社の株式 契約で特定した事業上の資産・負債・契約等 分割契約・計画に定めた権利義務
運営法人 対象会社が存続し株主が変わる 譲受会社が運営主体になる 承継会社または新設会社が運営主体になる
契約 法人名義は通常維持されるが変更条項を確認 個別承継、再契約、相手方同意等を整理 包括承継が基本でも契約・許認可ごとの確認が必要
雇用 雇用主たる法人は原則変わらない 労働契約承継には労働者本人の真意による承諾が重要 労働契約承継法の通知・異議申出等を検討
介護指定・届出 法人存続でも役員・名称等の変更届を確認 新運営法人での指定・届出の扱いを指定権者と事前協議 承継可否をサービス別・指定権者別に確認
過去リスク 対象会社に残る権利義務を株式ごと取得 選択承継できる一方、対象外リスクや実質承継も精査 承継範囲と法定手続を設計
実装負荷 株主変更後の統合が中心 多数の名義・契約・データをDay 1までに移す 法定日程、債権者保護、労務手続を含む

本件の特徴は、新会社設立と事業譲渡の組合せです。事業譲渡だけを見れば既存法人を受皿にすることもできますが、ここでは買い手グループ内に介護運営法人を新たに作りました。そのため、承継対象の交渉と並行して、法人そのものの業務基盤をゼロから整える必要がありました。

スキーム選定は「不要な負債を引き継がないため事業譲渡が常に有利」という単純な比較では決まりません。指定・契約の移行可能性、税負担、消費税、従業員同意、取引先承諾、土地建物の権利、資金決済、譲渡企業に残る事業、クロージングまでの時間を一つの判断表に置く必要があります。

新設会社を受皿にするときの経営設計

会社を作ることと運営能力を作ることは違う

登記、資本金払込み、役員選任、銀行口座開設が終わっても、介護サービスは開始できません。人員配置、就業規則、給与計算、資金繰り、保険、事故報告、虐待防止、感染対策、BCP、苦情受付、個人情報管理、請求、契約管理、設備保守を一体で動かす必要があります。新会社の設立日は、運営準備の完了日ではなく責任主体を立ち上げた日です。

親会社と子会社の権限境界を先に置く

同種案件では、施設長が即決できる事項、全研ケアの代表・取締役が承認する事項、親会社決裁が必要な事項を金額とリスクで定めます。採用、退職、事故対応、利用料変更、修繕、個人情報事故、行政報告、取引先契約、資金移動がすべて親会社決裁だと現場対応が遅れます。反対に、子会社へ任せきると上場会社グループとしての連結報告や内部統制が追いつきません。

共通機能のサービスレベルを契約化する

経理、人事、法務、IT、広報、内部監査を親会社が支えるなら、業務委託契約または社内サービス合意で作業、締切、責任者、費用、データアクセスを明文化します。「グループだから無償で随時対応」とすると、原価が見えず、施設からの依頼が滞留し、誰が法令遵守を担うか曖昧になります。

取締役会の議題を介護運営へ翻訳する

新会社の取締役会・経営会議では、売上や利益だけでなく、入退居、要介護度、職員充足、夜勤、事故、感染、苦情、行政対応、請求エラー、修繕、資金残高を扱います。親会社出身役員が介護用語を理解し、現場管理者が財務・リスクを説明できる共通フォーマットが必要です。

設立から事業開始まで3か月の立上げ工程

以下は本件で実施されたと断定する記録ではなく、新設受皿を使う同種取引の参考工程です。契約締結からDay 1まで約3か月という前提で、先行条件と並行作業を結びます。

期間 会社基盤 現場運営 契約・行政 完了判定
3月16日〜3月末 設立書類、資本金、役員、印章、口座申請、会計方針案 施設別責任者、サービス一覧、重大リスクの洗出し 承継対象表、第三者承諾一覧、指定権者への相談準備 法人設立日に必要な意思決定が完了
4月1日〜4月末 登記、税・社会保険届、銀行・決済、保険、規程整備 勤務表、緊急連絡網、研修、物品・給食・薬局等の契約確認 指定・届出手続、雇用説明、入居者説明書面の作成 新会社名義で申請・契約できる状態
5月 予算、資金繰り、原価部門、請求・支払フローの試験 模擬事故対応、夜間連絡、記録・請求リハーサル 同意・承諾の進捗、未解決条件、名義変更台帳を週次確認 サービス停止につながる未完了項目が特定済み
6月1日〜6月24日 給与・買掛・売掛の移行、開始残高、権限付与 利用者単位のケア継続票、薬・食事・送迎・通所予定の確認 最終契約、クロージング資料、貸主・取引先承諾を回収 Day 1判定会議で条件充足を証憑確認
6月25日〜6月30日 凍結期間、バックアップ、資金着金テスト、連絡体制 職員配置の最終確認、家族・関係機関への案内、物理表示切替 クロージング原本、行政受領、移行例外の代替策 延期条件と続行条件を経営者が明示
7月1日 譲受仕訳、開始残高、権限・口座・支払の稼働 新運営主体でサービス開始、朝夕の状況集約 引渡し確認、名称表示、緊急時連絡、未決項目台帳 安全・人員・契約・請求の最低運営条件を満たす

この工程で重要なのは、作業量ではなく依存関係です。たとえば銀行口座がなければ利用料引落しや給与支給ができず、法人番号・電子証明・管理者権限が整わなければ行政申請や請求環境へ入れません。建物の引渡しができても、職員配置と利用者情報の移行が終わらなければ介護は安全に始められません。

買収準備を具体化したい企業は、介護事業の買収相談フォームから、候補案件のサービス構成と希望時期を共有できます。相談の有無にかかわらず、指定権者と各専門家への事前確認は別途必要です。

クロージング前の運営開始テスト

新会社の準備状況は、資料の完成率ではなく「7月1日午前0時から誰が何をできるか」で試験します。これは本件で実施されたと断定するものではなく、設立から開始までが短い同種案件に向けた実務提案です。施設長、夜勤責任者、子会社本部、親会社、譲渡企業の移行担当、システム会社を集め、平常時だけでなく欠員・事故・停電・請求エラーを含むシナリオを通します。

テスト場面 入力 合格条件 不合格時の代替策
夜間の状態急変 架空利用者の発熱・転倒、家族連絡先 新会社の指揮命令で救急・医療・家族・事故記録へ到達 旧連絡網へ依存せず臨時責任者と紙様式を使用
当日欠勤 有資格者一名の急な欠勤 拠点・サービス別配置を再計算し、安全な応援判断ができる 受入れ制限、管理者応援、指定権者相談の閾値を発動
給食・薬の未着 委託先が旧法人名義を理由に出荷保留 新契約・発注番号を照合し、代替調達と誤配防止を実行 備蓄、近隣調達、薬局エスカレーションを使う
記録システム停止 新アカウントへログインできない 紙記録、後日入力、時刻・実施者・本人確認を保全 限定閲覧環境とベンダー緊急連絡を期限付きで使用
利用料照会 家族が旧請求と新口座の差を質問 契約・説明履歴・預り金を一画面または台帳で説明 回答を保留記録し、財務・法務が期限内に折返す

試験で重要なのは、正解を知っている担当者が口頭で助けないことです。実際の夜勤者が新しい電話、端末、手順書だけで対応し、観察者が迷い、検索、転送、承認に要した時間を記録します。失敗を個人評価に使わず、連絡先の欠落、権限不足、用語不一致、旧法人情報への依存という仕組みの問題へ直します。

合格基準は「全シナリオを完璧に処理」ではありません。利用者の安全を守る代替策があり、責任者へ到達し、記録が残り、翌営業日に恒久是正できることを最低条件にします。未解決事項は、クロージング延期が必要なもの、暫定運用で開始できるもの、100日PMIへ送れるものへ分類します。この分類を経営者が承認することで、現場が契約日を守るために危険を抱え込む状態を避けられます。

有料老人ホーム届出と介護保険指定の切分け

三施設は住宅型有料老人ホームであり、同じ拠点に通所介護があり、別に訪問介護事業所が公表されています。有料老人ホームとしての老人福祉法上の届出・指導と、通所介護・訪問介護の介護保険指定を一本の「許認可」と呼ぶと、担当窓口、様式、効力発生日、必要資料を取り違えます。

厚生労働省の有料老人ホームの設置運営標準指導指針は、入居者保護、帳簿・契約、重要事項説明、運営等の標準を示します。一方、介護サービスの指定申請・届出は、厚生労働省の介護事業所の電子申請・届出案内と指定権者の運用を確認します。2026年8月22日時点の制度・様式を使い、2022年当時に適用された手続を後から上書きしない配慮も必要です。

サービス・法人・拠点の三軸で管理する

承継手続台帳は、横軸に壱番館・弐番館・参番館・訪問介護事業所、縦軸に有料老人ホーム、通所介護、訪問介護を置き、運営法人、管理者、所在地、事業所番号、申請区分、提出日、受理日、効力発生日、未決条件を記録します。同じ名称で複数サービスを提供していても、行政上の単位は同じとは限りません。

指定の空白を避ける

事業譲渡で運営法人が変わる場合、旧法人の指定が新法人へ当然に付いてくると仮定しません。新規指定、廃止・開始、変更届等の扱いはサービスと自治体により確認します。クロージング日と指定効力日がずれると、提供はできても請求できない、または請求主体と契約主体が一致しない期間が生じ得ます。

利用者保護を法務工程の中心に置く

許認可のチェックは書類提出で終わりません。緊急対応、事故報告、虐待防止、身体拘束適正化、感染対策、業務継続、苦情処理、研修、記録保存を新会社の規程・責任者へ落とし込みます。形式上の受理があっても、現場に連絡先と判断権限がなければ運営品質は守れません。

入居者・利用者契約を移す実務

7月1日の公式発表は、対象事業に関わる入居者をそのまま継承すると表現しました。これはサービス継続の方針を示す重要な情報ですが、入居契約や介護利用契約がどの法的手法で移ったかは明らかにされていません。本件で全員が同じ書面へ署名した、債権譲渡通知だけで足りた、同意が不要だった、などとは書けません。

契約を四群に分ける

契約群 主な確認内容 Day 1の事故例
入居・居住 契約主体、利用料、敷金・預り金、退去、身元引受人、重要事項説明 請求先だけ変わり預り金残高の承継証憑がない
介護サービス 通所・訪問の利用契約、個別計画、担当者会議、ケアマネ連携 新事業所番号と計画・実績の対応が切れる
生活支援・実費 食費、居室費、日用品、送迎、理美容等の料金と委託 旧料金表と新請求が一致せず家族対応が集中する
医療・薬・外部連携 協力医療機関、薬局、訪問看護、福祉用具、ケアマネ、緊急搬送 契約名義や連絡先が旧法人のままで緊急連携が遅れる

一人ずつの移行台帳を作る

利用者単位で、契約種類、本人・代理人、説明日、同意・再契約、料金変更の有無、口座振替、預り金、個別計画、医療・服薬、食事、緊急連絡、未解決事項を管理します。個人情報を含むため、閲覧権限と持出し制限を設け、経営会議には個人名ではなく件数とリスク区分を報告します。

説明文書は「変わること」と「変わらないこと」を対にする

運営会社名、請求名義、振込先、相談窓口、個人情報の取扱い、契約書面が変わる一方、居室、担当職員、日課、料金、サービス内容のうち維持されるものもあります。維持される事項は根拠のある範囲だけ明記し、将来永続的に変更しないと約束しません。質問受付と回答期限をセットにすると、説明会で即答できない事項を記録できます。

従業員承継と雇用条件の扱い

公式発表は従業員もそのまま継承すると述べています。ただし、事業譲渡では労働者の雇用主が別法人へ変わるため、労働契約の承継を会社間の契約だけで完了したと考えないことが大切です。厚生労働省の事業譲渡等における労働者保護の指針は、本人の真意による承諾と、納得性を高める情報提供・協議を重視しています。2026年1月20日告示・同年5月25日適用の改正後資料を基準日に合わせて確認します。

説明すべき条件を比較表にする

法人名だけでなく、勤務地、職種、役職、所定労働時間、夜勤、基本給、手当、賞与、退職金、有給休暇、勤続年数の扱い、社会保険、評価制度、就業規則、雇用期間、試用期間の有無を旧条件と新条件で並べます。「同等」「原則維持」だけでは、職員が自分への影響を判断できません。

選択を急がせず運営計画と接続する

誰が転籍に同意するかは、Day 1の人員配置と直結します。説明前に氏名別の同意を前提とした勤務表を完成させると、不同意や検討中の職員が出た瞬間に破綻します。管理者、サービス提供責任者、生活相談員、看護職、夜勤者など役割別に最低配置と余裕幅を置き、欠員時の代替策を準備します。

残留・転籍の双方へ配慮する

譲渡企業会社に残る従業員と新会社へ移る従業員の間で、情報格差や不公平感が生じない説明設計が必要です。転籍しない選択を直ちに忠誠心の欠如と評価せず、相談窓口、回答記録、個別面談、労働組合等との協議を整えます。事業譲渡が発表された施設で必ず離職が増える、という一般化も避けます。

介護記録・個人情報・請求データの移行

事業譲受では、入居者・利用者の氏名、要介護情報、ケア計画、健康状態、服薬、事故、家族連絡先、請求口座など、機微性の高い情報を新法人が継続利用する場面があります。個人情報保護委員会と厚生労働省の医療・介護関係事業者向け個人情報ガイダンスを確認し、利用目的、承継根拠、告知、委託先、アクセス制御、安全管理を設計します。

データを移す前に処理目的を決める

旧システムから抽出できるからといって、すべてを新会社へ複製しません。継続ケア、法定保存、請求、監査、苦情対応に必要な範囲をデータ項目ごとに判断し、譲渡企業に残す原本・写し、買い手が受け取る形式、保存期限、削除責任を定めます。紙ファイル、共有フォルダ、職員端末、メール添付も対象です。

移行の完全性と秘密性を別々に試験する

完全性は、利用者件数、記録件数、期間、添付、同意書、請求額、ハッシュ値等で旧新を照合します。秘密性は、権限、暗号化、持出し、ログ、委託先、退職者アカウントを確認します。データがすべて移っても全職員が全利用者を閲覧できれば不適切であり、厳しく制限しすぎて夜勤者が緊急情報を見られなくても安全ではありません。

請求の境界日を決める

6月提供分を旧法人が請求するのか、過誤・返戻・再請求を誰が処理するのか、7月以降の自己負担請求をどの口座へ入れるのかを決めます。債権の法的帰属、システム操作権限、利用者への通知、会計仕訳を同じ境界日へ合わせないと、入金消込と売掛残高が一致しません。

建物・賃借地・設備のデューデリジェンス

本件は、初回開示が主な承継資産を建物等とし、取引後の施設資料が敷地賃借を示すため、介護運営DDと不動産DDの接点が鮮明です。同種取引で買い手は、建物の所有・利用関係だけでなく、借地上で施設を使い続けられる期間と条件を確認します。

権利関係

  • 土地・建物の全部事項証明、所有者、抵当権、差押え、地役権、借地権を物件ごとに照合します。
  • 土地賃貸借の契約期間、更新、途中解約、地代改定、譲渡・転貸、建物所有目的、原状回復、建物買取の条項を確認します。
  • 譲受会社への契約移転に貸主承諾が必要なら、承諾取得をクロージング条件または実行前提へ置きます。
  • 複数施設で同じ土地契約や保証が使われていないか、対象外事業との共用部分がないかを調べます。

法令・安全・修繕

  • 建築確認、検査済証、用途変更、消防計画、点検報告、避難経路、スプリンクラー等の資料を現況と突合します。
  • 屋根、外壁、防水、空調、給排水、浴室、エレベーター、非常電源、ナースコールの故障履歴と更新時期を確認します。
  • 法定点検が実施済みでも、利用者の移動能力、夜間配置、浸水・停電・猛暑を踏まえた運用リスクを現地で見ます。
  • クロージング後5〜10年の修繕計画を作り、事業計画のEBITDAと資本支出を分けて評価します。

所有・リース・消耗品を現物で分ける

ベッド、リフト、車両、厨房、洗濯、介護浴槽、見守り機器、PC、複合機には、譲渡企業所有、リース、貸与、施設備付けが混在します。固定資産台帳だけでなく、資産番号と現物、契約名義、保守先、残債を照合し、対象外物の撤去時期も決めます。建物の引渡し当日に給食システムやナースコール保守が止まらないよう、ライフライン契約を含めた「動く状態」で受け取ります。

価格非開示と会計開示を混同しない

譲受価額は非開示です。 2022年3月16日の資料は、対象事業の経営成績、承継資産・負債の項目別金額、譲受価額を相手先の意向により開示しないとしました。決済方法は現金を予定し、各金額の重要性について「軽微」と説明しています。この開示は、読者が売上、利益、純資産、倍率、土地・建物評価額を推計できるだけの情報を提供していません。

上場会社が「軽微」と判断したことは、価格がゼロに近い、譲渡企業が急いでいた、無償譲渡に近い、という意味ではありません。重要性の判断基準、契約条件、引き受けた資産・負債、運転資金調整、税金、諸費用が分からないため、EV/EBITDA倍率や一床当たり価格を作ることはできません。比較案件の倍率を掛けて本件価格と呼ぶことも不適切です。

契約上の価額とキャッシュ・フロー表示は別

後日の有価証券報告書には事業譲受に関連する投資キャッシュ・フローが記載されていますが、それを初回発表で非開示とされた「譲受価額」と同じ概念だと断定しません。支出表示には取得に伴う資金の範囲や会計上の集計が関係し得るため、契約書や企業結合注記で内訳が確認できない限り、価格の代用品にしないのが安全です。本稿が金額を掲げないのは見落としではなく、情報区分を守るためです。

見込みと確定会計を時点で分ける

初回開示では、企業結合会計上の「取得」に該当する見込みで、影響とのれんは軽微になる見通しとされました。これは3月時点の見込みです。その後の2023年6月期有価証券報告書は、この事業譲受に伴い2,343千円の負ののれん発生益を計上したと記載しました。初回に「のれん」と書かれ、後日に「負ののれん発生益」となったことは矛盾とは限らず、取得日時点の識別可能資産・負債の評価を経て会計結果が確定したものとして、時系列で読む必要があります。

情報 公表時点 記事での扱い 扱わない解釈
譲受価額 2022年3月 非開示。現金決済予定 軽微という語から金額や倍率を逆算
会計処理 2022年3月 取得に該当する見込み、影響精査中 確定した会計処理として扱う
のれん 2022年3月 軽微になるとの見込み 正ののれん額が確定したと表現
負ののれん発生益 2023年の法定開示 2,343千円を後日確認情報として記載 値引き、救済、交渉勝利の証拠と評価

同種案件では、契約価額、取得関連費用、引受現預金、運転資金調整、固定資産、負債、税効果、のれんをブリッジします。新会社の開始貸借対照表と連結上の取得原価配分は同じ表ではありません。現場責任者が見る設備台帳、子会社経理が記帳する開始残高、親会社連結が使う企業結合ワークペーパーを相互参照できるようにします。

事業譲受契約の公開範囲とクロージング条件

適時開示は2022年3月16日を事業譲受契約締結日としますが、その契約本文、署名当事者、新会社設立前後の契約上の地位の扱いは公開されていません。以下は同種の新規参入案件で検討する一般項目であり、実際の本件条項を再現するものではありません。契約書は「何を買うか」だけでなく、「新会社が安全に運営を開始できる状態」を定義する文書として設計します。

承継対象別表を主文と同じ精度で作る

資産、負債、契約、従業員、知的財産、データ、許認可、預り金、係争、対象外事項を別表化します。建物は所在地・家屋番号・帳簿番号、設備は資産番号、契約は相手方・契約日・更新日、利用者契約は個人名を本文へ出さず管理番号で特定します。「事業に必要な一切」だけでは、対象範囲の争いと移行漏れを防げません。

前提条件をDay 1の運営能力へ結ぶ

  • 全研ケアに相当する受皿法人が設立され、必要な資本金、役員、口座、保険、規程を備えていること。
  • 土地賃貸人、リース会社、主要委託先など、承継に必要な第三者承諾が取得されていること。
  • 指定権者・有料老人ホーム所管課との協議結果に沿い、指定・届出の効力が切れない見通しがあること。
  • 必要職種の雇用承諾と勤務予定が、拠点・サービス・時間帯ごとに充足していること。
  • 入居者・利用者への説明、再契約・同意等が必要な範囲で進み、未回答者の代替対応が決まっていること。
  • 介護記録、請求、緊急連絡、給食、薬、設備保守を新会社が使えること。

表明保証は既知の課題を隠す道具ではない

譲渡企業の権限、財務、税務、労務、指定・届出、介護報酬、利用者契約、個人情報、事故・行政対応、建物・環境、訴訟等を対象にします。ただしDDで判明した事項を抽象的な保証へ押し込まず、開示事項、是正前提、価格調整、特別補償、対象外のいずれで扱うかを決めます。介護品質上の重大課題を金銭補償だけで受け入れるべきとは限りません。

クロージング成果物を「受け取れる形」で定義する

契約原本、承諾書、鍵、印章ではなく、資産引渡確認、利用者・預り金台帳、従業員同意、行政受領、システム権限、銀行・請求情報、事故・苦情の未完了一覧、貸主連絡先まで含めます。紙の箱を渡すだけでは、翌朝の運営に必要な情報が見つかりません。受渡し担当、ファイル名、格納場所、確認者をクロージングリストへ記録します。

延期・解除の判断基準を先に合意する

人員が一名不足した場合、行政受領が未確認の場合、貸主承諾が条件付きの場合、データ照合に差異がある場合など、続行・一部保留・延期・解除の判断権者と期限を定めます。介護現場では「契約上は閉じられるが安全に始められない」状態があり得ます。契約とオペレーションの双方からGo/No-Goを判定します。

施設名称変更と関係者コミュニケーション

7月1日の発表では、「桧家リビング久喜」から「全研リビング久喜」へ施設名称を変更したことが確認できます。名称変更は看板の付替えだけではありません。契約、請求書、領収書、銀行引落し、ウェブサイト、行政公開情報、電話応答、名札、車両、封筒、医療機関やケアマネの登録情報を同じ日付へ合わせます。

説明対象ごとに知りたいことが違う

相手 優先して伝える内容 説明媒体 確認記録
入居者・家族 運営主体、サービス・料金の変更、相談窓口、支払先、個人情報 個別書面、説明会、個別面談 交付、質問、回答、同意・再契約の状況
職員 雇用条件、勤務、指揮命令、給与、福利厚生、事故時連絡 全体説明と個別面談 資料受領、質問、承諾判断、未決事項
ケアマネ・医療機関 法人・事業所情報、担当者、緊急連絡、計画・実績の送付先 正式通知、電話確認 受領者、更新システム、連携上の例外
取引先・貸主 契約承継、請求先、口座、発注権限、保証、保守連絡 承諾書、変更契約、発注登録 有効日、原本、システム反映
行政・地域 運営法人、名称、管理者、連絡先、届出・指定 所定様式、事前相談、広報 提出日、受付、担当課、追加依頼

「従業員及び入居者もそのまま継承」という対外メッセージは安心につながり得る一方、個別事情を覆い隠さない表現が必要です。転籍を検討中の職員、契約変更に質問がある家族、口座振替が間に合わない利用者がいても、全体方針と矛盾するわけではありません。例外を追跡する窓口を設け、説明文言よりも回答期限と責任者を明確にします。

ブランド移行では、旧名称を即日すべて消すと医療・消防・郵便・家族が施設を識別できないことがあります。「旧○○、現○○」の併記期間を決め、検索地図、ウェブ、書類、現地表示の変更順を管理します。なりすまし請求を疑われないよう、銀行口座変更は公式書面と既知の電話番号による照合を組み合わせます。

外国人介護人材戦略は買い手の期待として読む

ここは実績ではなく、買い手が公表した戦略・期待です。 全研本社は初回開示で、介護人材不足を背景に、ITと語学に関する自社の強み、日本語教育、海外人材の紹介・定着支援を介護現場へ接続し、取得する施設を海外人材活用のモデルとして位置付ける考えを示しました。2022年6月期決算説明資料にも、施設をフラグシップモデルへつなげる方向が掲載されています。

この説明から、「3施設で外国人職員が何人採用された」「定着率が上がった」「他社への紹介が増えた」「人手不足が解消した」とは言えません。本稿が確認した取引資料には、それらの成果を測る統一KPIと比較結果がありません。戦略上の筋道は評価対象にできますが、成果は別の証拠で検証します。

制度は単一ではない

2026年8月22日時点で、厚生労働省の外国人介護人材の受入れに関する案内は、EPA、在留資格「介護」、技能実習、特定技能という制度を分けて説明しています。制度ごとに在留、業務、支援、試験、日本語、受入れ体制が異なり、「外国人材」という一語で配置可能性を判断できません。育成就労制度など施行予定の情報は、現行制度と区別して確認します。

訪問系サービスは2022年と2026年で環境が違う

本件には訪問介護事業所が含まれます。外国人介護人材の訪問系サービス従事については制度変更があり、厚生労働省の訪問系サービス従事の現行案内では、一定要件、同行、利用者・家族への説明、ICT環境、キャリアアップ計画等が示されています。2026年の制度を使って2022年当時の配置を推定せず、新規参入者は現在の要件を在留資格ごとに確認します。

採用人数より定着プロセスを設計する

紹介、在留手続、日本語教育、介護技術、生活支援、住居、相談、夜勤移行、資格取得、評価、キャリア形成を一連の旅程として管理します。現場の教育担当に無償の通訳・生活支援を集中させると、既存職員の負荷が増えます。本人が相談できる言語と、利用者・家族が不安を伝えられる窓口の双方を用意します。

モデル施設の成果定義を外販前に置く

「モデル」と呼ぶなら、採用から独り立ちまでの期間、日本語・介護研修の到達、定着、事故・ヒヤリハット、利用者・家族の反応、指導者工数、夜勤可能者、資格取得、総コストを追います。良い事例だけを広報し、途中離職や教育負荷を除外すると、他施設へ再現できません。フラグシップは広告素材ではなく、仮説を測る検証拠点と位置付けます。

新規参入者が作るべき運営モデル

異業種企業には、既存事業で培った資本、IT、採用、教育、マーケティング、管理機能があります。一方、介護現場には、利用者の状態変化に応じる判断、夜間・緊急対応、家族・医療・ケアマネとの関係、指定・加算、地域の信頼があります。前者が後者を置き換えるのではなく、現場の専門性を守りながら支える接点を作ることが新規参入PMIの要です。

標準化してよいもの

購買、会計コード、勤怠の基本、情報セキュリティ、契約審査、内部通報、予算管理、採用広報、研修管理などは、親会社標準へ寄せやすい領域です。ただし介護記録や勤務表と連動するため、中央の都合だけで締切や入力項目を変更しません。現場で二重入力が生じる場合は、統合による管理改善より負担増が大きくなります。

施設裁量を残すもの

食事、日課、レクリエーション、利用者とのコミュニケーション、家族対応、地域連携、緊急時の初動など、個々の状態と地域関係に依存する業務は、現場判断を残します。裁量とは記録不要という意味ではなく、判断基準・エスカレーション・振返りを整えたうえで、最も近い担当者が迅速に動けることです。

親会社能力を小さな実験で接続する

IT導入なら、一施設・一業務で目的、現状時間、受入基準、停止手順を決めて試します。語学教育なら、教材だけでなく勤務内学習時間、指導者、実務会話、評価、相談導線を整えます。採用マーケティングなら応募数ではなく、面接、入社、三か月定着、配置可能性まで追います。大きな「シナジー」計画を、検証可能な小さな改善単位へ分解します。

取引後のKPIと検証可能な仮説

以下の数値は説明のために編集部が作った完全な架空例です。全研ケア、全研リビング久喜、ヒノキヤレスコその他の実績、予算、目標を示しません。実案件では対象施設の定員、契約、算定、職員体制に合わせて母数を定義してください。

仮説 先行指標 結果指標 架空の開始値 架空の100日基準
契約移行を安全に終える 説明済み率、未回答件数、口座登録 請求差異、苦情、未収 説明済み82%、未回答9件 未回答0件、請求差異0.5%未満
職員の不安を減らす 面談率、質問回答日数、欠員シフト 90日定着、時間外、欠勤 面談率76%、回答平均6日 面談100%、回答平均2営業日
介護品質を維持する 申し送り完了、研修、計画見直し 事故、再発、家族満足 未レビュー計画14件 未レビュー0件、重大事故の増加なし
請求を連続させる データ取込、単位数照合、エラー 返戻・保留、入金差異 照合差異23件 提出前差異0件、入金照合100%
外国人材支援を再現する 学習時間、面談、指導者工数、到達度 定着、資格、夜勤移行、品質 対象者6名、指導月72時間 本人別計画100%、無理な単独配置0件
建物稼働を守る 点検未了、故障、修繕発注 設備休止時間、緊急修繕費 未判定設備11件 重大未判定0件、優先修繕の資金確保

KPIには、分子、分母、データ元、集計頻度、責任者、閾値超過時の行動を付けます。「定着率」を在籍者数だけで計算するのか、採用 cohort で計算するのかにより意味が変わります。「事故件数」が減っても、報告抑制や利用者数減少が原因なら改善ではありません。絶対数と利用日数当たり、軽微・重大、報告までの時間を組み合わせます。

取得効果を測る比較期間には季節、感染流行、報酬改定、近隣競合、職員採用市場の変化が含まれます。100日前後の短期で企業価値向上を証明するのではなく、Day 1安全、請求連続、職員・利用者の不安、学習仮説を順番に検証します。

新規参入案件のDD依頼資料

新規参入者は、譲渡企業の資料を受け取っても介護固有の意味を判断しにくいことがあります。資料名だけを並べず、「何を照合し、どの意思決定へ使うか」を依頼票に書きます。一般的な準備資料は介護M&Aで売却前に整える資料一覧を参照し、本件型では次の六つの束を追加します。

1. 事業境界の資料束

施設・サービス・事業所番号・法人・所在地の対応表、対象資産・負債、対象契約、対象従業員、対象利用者の集計、対象外事業との共用機能を集めます。譲渡企業本社が担う給与、請求、IT、採用、法務、購買を色分けすると、新会社が再構築すべき機能が見えます。

2. 行政・品質の資料束

指定・届出、変更履歴、運営指導、事故、苦情、虐待防止、身体拘束、感染、BCP、消防、研修、委員会議事録を対象期間と拠点で整理します。文書の有無だけでなく、指摘への是正、再発、現場浸透を質問します。公開資料に問題がないことを、違反が一切ない証明とは扱いません。

3. 契約・預り金の資料束

入居契約、介護利用契約、料金表、重要事項説明、身元引受、預り金、口座振替、未収、返金、退去精算を匿名化した集計で確認します。個人別精査が必要な段階では、データルーム権限と目的を限定し、不要な健康情報を買い手の広いチームへ開示しません。

4. 人員・労務の資料束

組織、資格、人員配置、雇用形態、給与、手当、夜勤、時間外、有給、休職、採用、退職、派遣・委託、労使協定を月次で照合します。特定個人の評価を買収意思決定に不用意に使わず、キーポジションの充足と承継同意に必要な情報を分けます。

5. 不動産・設備の資料束

土地賃貸借、建物登記、確認・検査、消防、修繕、保険、固定資産、リース、保守、光熱、災害履歴を施設単位でひも付けます。本件のように建物等の承継開示と敷地賃借の施設情報を別々に読まなければならない場合は、一枚の物件概要ではなく権利別の図を作ります。

6. 切替能力の資料束

システム、アカウント、データ抽出、請求カレンダー、支払、給与、電話、メール、ウェブ、取引先登録、行政申請の最短所要日数を確認します。DDで「問題なし」と評価しても、新会社名義への切替に八週間かかる契約があれば7月1日開始へ間に合いません。

Day 1から100日までのPMI

新設会社による事業譲受では、Day 1に組織が完成している必要はありません。しかし、利用者の安全、必要人員、緊急連絡、契約・請求の最低条件は初日から欠かせません。PMIは「統一する作業」ではなく、継続を守り、例外を閉じ、親会社の能力を段階的に接続する順番です。

Day 1〜7:安全と支払を毎日確認

  • 各施設の人員、欠勤、夜勤、管理者、緊急連絡、重大事故・感染を朝夕に集約します。
  • 食事、薬、送迎、訪問予定、通所予定、医療連携に旧法人名義の停止がないか確かめます。
  • 利用料、給与、主要取引先支払、現金・小口、銀行権限のエラーを即日記録します。
  • 契約・行政・データ移行の未完了項目に代替策と解消期限を付けます。

Day 8〜30:開始残高と運営実態を一致させる

資産引渡表と現物、従業員台帳と勤務、利用者台帳と請求、預り金と契約、買掛と納品を照合します。開示資料で想定した数と実際の開始数の差を、誤り・時点差・対象範囲差に分けます。差異を価格問題と決めつけず、契約上の調整条項、通常運営、会計処理のどれへ属するかを判断します。

Day 31〜60:子会社としての統制を定着させる

月次決算、資金予測、購買、契約承認、採用、事故・苦情、個人情報、内部通報の報告線を試運転します。親会社への報告項目を増やしすぎず、現場の入力を既存記録から自動・再利用できる形にします。施設別損益とサービス別KPIを分け、共通費の配賦ルールを固定します。

Day 61〜100:戦略仮説を小さく検証

IT・語学・人材支援を導入するなら、対象施設、対象者、期間、現状値、成功・中止基準を置きます。採用や教育の成果を急ぐあまり、既存職員の勤務負担や利用者説明を省略しません。100日報告では、達成項目だけでなく未検証、延期、中止、追加投資を明示します。

100日後:通常管理へ移す条件

緊急PMI会議を終了する条件として、重大未解決ゼロ、行政・契約例外の管理者確定、請求・入金照合の安定、月次決算の締切遵守、人員の予測可能性、修繕計画の承認を置きます。日数が経ったからPMI完了ではなく、例外が通常統制で扱える状態になったかで判断します。

組織・会計・資金・システムの管理

組織:三施設と本部の二重構造を避ける

施設長、通所管理者、訪問介護管理者、サービス提供責任者、子会社本部、親会社担当の役割をRACI表で整理します。一人が複数役割を兼ねる場合も、どの立場で決裁・記録したかを残します。親会社の経営会議へ現場責任者が毎回参加するのではなく、緊急閾値と定例報告を分けます。

会計:施設別とサービス別の交差を見せる

壱番館、弐番館、参番館という拠点軸と、居住、通所、訪問というサービス軸の双方で売上・人件費・食材・車両・地代・修繕を見ます。共通職員や共通設備を単純に売上比で配賦すると、夜勤・送迎・訪問の負荷を誤ります。管理会計の配賦と法定会計を区別し、配賦前後を追跡できるようにします。

資金:利益より先に日次資金を守る

介護報酬の入金時期と、給与、食材、地代、光熱、委託費の支払時期は一致しません。新会社には過去の運転資金蓄積がないため、開始時資金、親会社貸付・増資、口座権限、資金繰り予測、緊急支払を用意します。譲受価額と運転資金を一つの投資額に混ぜず、資金需要を日付別に管理します。

システム:新旧を並行させる期間を限定する

旧法人システムへの閲覧が必要なら、対象者、期間、目的、出力、ログ、終了日を合意します。共有IDや旧職員メールを恒久運用にしません。新会社の請求・記録・勤怠・会計を同時全面切替すると障害点が増えるため、法令・安全・請求の優先度に沿って移行し、戻し手順を持ちます。

内部監査:初年度は仕組みの実効性を見る

規程が揃っているかだけでなく、事故が現場から経営へ上がる時間、権限外の支払、退職者アカウント、請求訂正、個人情報持出し、夜勤配置、委員会の是正をサンプル確認します。新会社を既存親会社の監査チェックへそのまま当てはめず、介護事業の実務と行政基準を含む監査計画を作ります。

想定される失敗と是正策

以下は本件で発生した問題ではありません。新設受皿による介護事業譲受で起こり得る失敗を、予防と早期是正の観点から整理したものです。

失敗 早期兆候 原因 是正策
設立日を準備完了日と誤認 口座、保険、規程、権限が4月以降も未定 法人登記だけをプロジェクト節目にした 運営能力の成果物別に責任者・完了証憑を置く
土地も取得したと思い込む 賃貸人承諾や地代が価格モデルにない 「建物等」を不動産一括取得と読んだ 土地・建物・設備を権利別に図示し、借地DDを独立させる
施設名だけ変え契約名義が残る 旧法人宛て請求、旧口座、旧電話案内が続く ブランド作業と契約・請求を別管理した 名称・法人・口座・届出の一体切替台帳を使う
「全員継承」を個別確認の代替にする 雇用条件の質問が直前に集中 対外方針を労働契約の承諾と同一視 条件比較、面談、検討期間、本人別ステータスを管理
指定・届出を一つの許可として扱う 有料ホーム所管と介護指定の回答が食い違う サービス・拠点・法人の三軸がない 行政台帳を分け、効力日をクロージング条件へ接続
データを一括コピーする 不要情報・退去者情報まで新会社で閲覧可能 移行目的と保存責任が未定 項目別の必要性、権限、ログ、削除期限を設定
外国人材の採用数だけを成果にする 指導者残業、相談停滞、早期離職が見えない 教育・生活・定着コストを測っていない 本人・指導者・利用者の三者KPIで検証
親会社統制を初日から全面導入 現場の二重入力と承認待ちが増える 安全・請求より制度統一を優先 Day 1必須、100日改善、年度統合へ段階化
非開示価格を推計し外部説明 根拠のない一床単価が社内資料に残る 会計支出や類似案件を契約価格へ置換 公表・契約・会計・推定をラベル分離し、推定は意思決定用に限定

是正策には期限だけでなく、サービス停止・利用者影響・法令・金銭の優先度を付けます。すべてを赤信号にすると経営者が重要事項を見失います。事故や人員・指定の空白は即時、請求・契約差異は締切前、長期システム統合は安定後というように、リスクの時間軸を変えます。

担当別チェックリスト

担当 契約前 4月の新会社設立後 7月のDay 1確認
経営責任者 参入仮説、投資上限、撤退条件、受皿方針を承認 権限、資金、役員、親会社支援を確定 安全・指定・資金のGo/No-Goを判断
事業責任者 施設・サービス境界、運営責任者を特定 勤務、業務、取引先、連絡網をリハーサル 利用者・職員・連携先の例外を集約
法務 対象別表、同意・承諾、保証・補償を設計 新会社契約、貸主・委託先・利用者文書を整備 原本、引渡し、未決条件、権限を確認
行政・品質 サービス別に所管・指定権者へ相談 申請・届出、規程、委員会、研修を準備 受理・効力、配置、安全手順を現場確認
人事労務 対象者、条件差、必要資格、最低配置を分析 説明・面談・承諾、給与・社会保険を設定 出勤、指揮命令、勤怠、相談窓口を確認
財務会計 価格、資産負債、運転資金、税・会計を検討 口座、予算、コード、開始残高、支払を試験 決済、引渡し仕訳、現金・請求を照合
IT・個人情報 システム、データ、契約、セキュリティを棚卸し 移行・権限・バックアップ・訓練を実施 閲覧、記録、請求、ログ、旧権限停止を確認
不動産・設備 建物、借地、消防、修繕、リースを調査 承諾、保険、保守、鍵、ライフラインを切替 現物、設備稼働、緊急保守、引渡しを確認
広報・顧客対応 公表情報と非開示事項を区分 名称、説明文書、FAQ、連絡先を準備 誤表示、問い合わせ、家族・地域の反応を管理

担当表には副担当を置きます。新設会社の準備期間は短く、特定の担当者だけが貸主、行政、システム会社との経緯を知る状態は危険です。意思決定ログに、質問、回答、根拠資料、決裁、次回確認日を残し、担当変更後も追跡できるようにします。

譲渡側が整える確認事項

譲渡企業が事業を切り出すときは、買い手へ渡す資料と同じくらい、譲渡後に自社へ残る権利義務を確認します。本件の譲渡企業が実際にどのように準備したかは非開示です。以下は同種案件の実務チェックです。

  1. 事業境界:介護事業専用と他事業共通の資産、契約、従業員、システム、本社機能を分けたか。
  2. 不動産:建物の所有・利用関係と土地賃貸借の承継を分けて整理し、対象明細、貸主・担保権者への手続を確認したか。
  3. 入居者等:契約主体、預り金、未収、前受、個人情報、説明・同意の必要性を本人別に管理したか。
  4. 従業員:対象者と条件を特定し、本人が判断できる情報・期間・相談機会を提供したか。
  5. 行政:旧法人の廃止・変更、新法人の開始・指定等を一つの工程表で指定権者と確認したか。
  6. 請求:クロージング前後の介護報酬、自己負担、返戻・過誤、支払・入金をどちらが処理するか合意したか。
  7. ブランド:旧名称、商標、ドメイン、看板、電話、広報の使用期限と移行表示を決めたか。
  8. 保証・補償:DD開示事項と表明保証の例外が一致し、既知問題の是正責任が明確か。
  9. 残存会社:譲渡後の人員、共通費、契約、税務、データ保存、問い合わせ対応を予算化したか。
  10. 公表:価格非開示、将来見通し、個人情報について、社内資料と対外発表の表現を統一したか。

譲渡を検討する事業者は、個別事情を整理したうえで介護事業の譲渡相談フォームを利用できます。まだ相手候補を決めていない段階でも、土地・建物、入居・介護契約、雇用、指定のどこが分離可能かを先に把握すると、スキーム比較が具体的になります。

新規参入する買い手の確認事項

  1. 参入目的:介護運営そのもの、周辺人材事業、地域展開など、投資仮説を区別し、施設品質を犠牲にしない順序を置いたか。
  2. 受皿選択:既存会社、新設会社、株式取得、会社分割を、指定・契約・雇用・税・時間で比較したか。
  3. 運営責任:介護経験のある経営・現場責任者を確保し、親会社役員との権限分担を決めたか。
  4. 資金:取得資金に加え、運転資金、修繕、採用、システム、同意・移行費用を日付別に見積もったか。
  5. 建物・土地:建物所有権を取得しても土地利用権が別である可能性を織り込み、残存期間と承諾を確認したか。
  6. 職員:「全員転籍」を予算上の前提にせず、役割別の同意進捗と欠員代替を準備したか。
  7. 利用者:継続方針と個別の契約・説明・データ移行を分け、質問に答える現場窓口を設けたか。
  8. 行政:取引契約前に指定権者へ匿名・概略相談できる範囲を確認し、効力日を逆算したか。
  9. 親会社シナジー:期待をKPIに変え、未達でも現場運営を維持できる単独事業計画を持ったか。
  10. 撤退・追加投資:修繕、人材、制度変更が想定を超えた場合の追加資金と見直し基準を取締役会で合意したか。

新規参入者は、介護事業の社会的必要性や市場成長だけで投資判断を完了させないことが重要です。24時間の運営責任、地域の信頼、規制、低い代替可能性を事業計画へ入れます。親会社の顧客を送客できるという仮説も、利用者の選択、公正な説明、ケアマネ等との関係を前提に検証します。

よくある質問

Q1. この案件は会社買収ですか、それとも事業譲渡ですか?

有料老人ホーム運営事業等の事業譲受です。買い手親会社が全研ケアという100%子会社を新設し、その会社が対象事業を受け入れました。ヒノキヤレスコの株式を全研本社が取得した案件ではありません。

Q2. 2022年3月16日に介護事業が始まったのですか?

いいえ。3月16日は取締役会決議と事業譲受契約の締結日です。受皿会社は4月1日に設立され、公式発表上の事業譲受・介護事業開始は7月1日です。Excelの3月17日はニュース掲載日であり、契約日を一日ずらして扱わないよう注意します。

Q3. 3施設の土地と建物をすべて買った取引ですか?

土地建物の一括売買だったとは公開資料から確認できません。初回開示は承継資産の中心を建物等としますが、土地の対象内外を明記していません。取引後の埼玉県重要事項説明書では三施設の敷地が賃借です。建物の権利も施設ごとに確認が必要であり、「三施設すべての不動産所有権を取得」「土地は契約上の対象外」のいずれも断定できません。

Q4. 譲受価格はいくらでしたか?

契約上の譲受価額は相手方の意向により非開示です。初回資料には金額が軽微との説明と現金決済予定が示されましたが、具体額や倍率を算出できません。後日のキャッシュ・フロー表示をそのまま公表価格と呼ぶことも避けます。

Q5. 従業員と入居者は自動的に新会社へ移ったのですか?

公式発表は従業員と入居者をそのまま継承すると説明しましたが、個々の労働契約・入居契約の法的手法は開示されていません。一般に事業譲渡の雇用承継では本人の真意による承諾が重要です。利用者契約も契約内容、債権債務、個人情報、説明・同意を個別に確認します。

Q6. 新会社を作れば過去のリスクを一切引き継がずに済みますか?

そうとは限りません。契約で承継対象を選べることと、リスクがゼロになることは別です。対象資産の瑕疵、承継契約、雇用、利用者対応、行政、実質的な事業継続、法令上の責任をDDで確認し、対象外事項にも運営への依存がないかを調べます。

Q7. 介護保険の指定は事業譲渡・譲受契約とともに移りますか?

契約だけで当然に移ると前提を置かないでください。運営法人が変わるため、サービス種別と指定権者に応じた新規指定、廃止、変更等を事前相談します。有料老人ホームの届出と、通所・訪問介護の指定も分けて確認します。

Q8. 外国人介護人材の活用は本件で成功したと評価できますか?

取引時の公表資料だけでは成功を判定できません。買い手はIT・語学・人材紹介・定着支援を介護施設へつなぐ期待を示しましたが、採用、教育、定着、品質、収益の比較結果は別途必要です。本稿では将来構想として扱い、達成済みシナジーとはしていません。

Q9. 受皿会社の資本金50百万円で十分だと言えますか?

十分性は判断できません。資本金は公表事実ですが、施設の月次支出、介護報酬入金、預り金、修繕、人員採用、親会社支援、借入枠が非開示です。新規案件では資本金だけでなく、最低13週の資金繰りと緊急資金供給を確認します。

Q10. 負ののれん発生益が出たなら安く買えたのですか?

その結論は導けません。後日の法定開示では2,343千円の負ののれん発生益が記載されましたが、会計上の識別可能資産・負債と取得原価の比較結果です。交渉の有利不利、譲渡企業事情、将来収益性を単独で証明する指標ではありません。

Q11. 新規参入者はどの専門家へ相談すべきですか?

取引法務・契約は弁護士、企業結合・税務は公認会計士・税理士、雇用は社会保険労務士、指定・届出は行政書士を含む専門家と所管行政、建物は建築・消防・不動産の専門家へ確認します。各専門家の回答をプロジェクト管理者が一つのクロージング条件表へ統合することも欠かせません。

Q12. 指定権者への最初の相談では何を示すべきですか?

新旧の運営法人、対象サービス、拠点、予定日、管理者・必要職種、利用者対応、申請・届出の想定を一枚に整理します。契約書が未確定でも、どの法人がいつから何を運営する計画かを示すと、必要手続と標準処理期間を確認しやすくなります。相談記録には担当課、回答日、前提条件、追加資料、次回期限を残し、契約・雇用・システムの工程へ反映します。

このスキームが向く条件・向かない条件

向きやすい条件 慎重に比較する条件
買い手が介護事業の損益・責任を独立法人で管理したい 指定・契約の再取得や同意に必要な期間を確保できない
対象事業と譲渡企業の他事業を資産・契約・人員で切り分けられる 本社機能、システム、ブランド、取引先が強く共用され分離困難
承継する建物・設備と敷地の利用契約を権利別に設計できる 貸主承諾、借地残存期間、建物権利が事業期間と整合しない
親会社が資金・IT・採用・教育を提供しつつ現場専門性を尊重できる 親会社が介護運営責任を過小評価し、短期シナジーを優先する
受皿会社の設立からDay 1まで並行作業を管理できる 銀行、行政、雇用、データ移行の責任者と代替策がない

株式取得の方が必ず速い、事業譲渡の方が必ず安全という答えはありません。譲渡企業会社に介護事業以外の大きな事業がある場合、対象だけを切り出す必要性は高まります。他方、契約と指定の数が多く、従業員・利用者の個別移行が難しい場合は、会社分割や先行カーブアウト、株式取得も比較対象です。

投資審査には停止条件も置く

新規参入案件では、将来性を説明する資料と同時に、実行を止める条件を取締役会へ提出します。必要な指定・届出の効力が予定日に得られない、土地利用権の承継について権利者合意が成立しない、管理者や夜勤を含む最低配置に届かない、重大な安全問題へ開始前の代替策がない、という状態は、価格調整だけで解決できない可能性があります。

停止条件へ該当したときは、案件全体を破棄する二択にせず、開始日の延期、一部拠点の対象外化、譲渡企業による暫定運営、移行サービス契約、追加是正後の再判定を比較します。ただし、利用者に不利益を移し替える暫定策や、実態と異なる名義だけの継続は選びません。誰が延期を決め、職員・入居者・行政・取引先へいつ説明するかまで事前に定めます。

反対に、財務目標の未達だけを理由にDay 1直前で現場計画を変更すると、説明と勤務が崩れます。契約前に「安全・法令の必須条件」「商業条件の再交渉項目」「PMIで改善できる項目」を分けておくと、クロージング会議が感覚的な楽観論や悲観論に流れません。

最終判断では、法的に実行できるスキームと、現場が実装できるスキームを重ねます。契約締結に必要な日数だけでなく、説明・承諾、行政、請求、設備、教育を安全に完了できる日数を基準にします。

まとめ

本件は、全研本社(現Zenken)が2022年3月16日に100%子会社の設立と有料老人ホーム運営事業等の譲受を決議・契約し、4月1日に全研ケアを設立、7月1日に3施設等を譲り受けて介護事業を開始したケースです。三日付を区別すると、新会社を先に用意し、約3か月で運営受皿を組み立てた構造が明確になります。

対象は三つの住宅型有料老人ホーム、それぞれの通所介護、訪問介護事業所を含む事業単位です。初回開示は承継資産の中心を建物等とし、取引後の施設資料は三敷地を賃借と示しましたが、土地の契約上の対象内外や所有権移転は公開資料から確認できません。事業譲渡で対象を選べる一方、借地、契約、雇用、入居者・利用者、指定・届出、データ、請求を一項目ずつ新法人へ接続する必要があります。

譲受価額と対象事業の経営数値は非開示であり、軽微という説明や後日の会計数字から価格を推測すべきではありません。外国人介護人材の紹介・教育・定着支援と取得施設を結ぶ構想も、買い手が掲げた期待です。成果を語るには、定着、品質、指導負荷、利用者・家族の評価、収益を同じ母集団で継続検証する必要があります。

この介護事業新規参入M&A事例から得られる最大の示唆は、「法人を買うか事業を買うか」だけではありません。新規参入者が、資本・IT・教育という自社の強みを、介護現場の責任、地域の信頼、個別契約、土地建物、行政手続へどう接続するかが成否を分けます。新設会社は箱ではなく、Day 1から利用者を守る運営能力として設計すべきです。

免責・更新基準・出典

本稿は2026年8月22日時点の公開情報をもとにした一般的な情報提供です。法務、税務、会計、労務、不動産、介護保険指定、有料老人ホーム届出、在留資格、医療・介護判断の助言ではありません。案件固有の契約、資産・負債、指定、雇用、利用者説明、個人情報、建物安全は、指定権者・所管行政、弁護士、公認会計士・税理士、社会保険労務士、行政書士、建築・消防・不動産その他の専門家へ確認してください。

実在企業名は資料検証のために記載していますが、非開示の譲渡企業理由、譲受価額、交渉経緯、契約条項、利用者・職員の個別事情、シナジー達成を推測していません。将来、当事者の訂正、追加開示、制度改正、行政資料の更新があった場合は、確認日と変更箇所を明記して改稿します。

取引・当事者の一次資料

  • 新会社設立及び事業譲受並びに新たな事業の開始に関するお知らせ(全研本社、2022年3月16日公表。最終確認日:2026年8月22日)
  • 同適時開示PDF(全研本社、2022年3月16日公表。最終確認日:2026年8月22日)
  • 全研ケア、2022年7月より介護事業開始のお知らせ(全研本社、2022年7月1日公表。最終確認日:2026年8月22日)
  • 2022年6月期決算説明資料(全研本社、2022年8月公表。最終確認日:2026年8月22日)
  • 2023年6月期有価証券報告書(全研本社。最終確認日:2026年8月22日)
  • Zenken株式会社への商号変更のお知らせ(Zenken、2023年10月1日公表。最終確認日:2026年8月22日)
  • Zenken株式会社の沿革(Zenken、設立・事業開始の後日確認。最終確認日:2026年8月22日)

行政・制度の一次資料

  • 埼玉県内有料老人ホーム情報開示一覧(埼玉県、全研リビング久喜3施設の掲載を確認。最終確認日:2026年8月22日)
  • 有料老人ホームの設置運営標準指導指針(厚生労働省。最終確認日:2026年8月22日)
  • 介護事業所の指定申請等のウェブ入力・電子申請(厚生労働省。最終確認日:2026年8月22日)
  • 企業組織再編・事業譲渡等における労働者保護(厚生労働省。最終確認日:2026年8月22日)
  • 医療・介護関係事業者の個人情報取扱いガイダンス(個人情報保護委員会・厚生労働省。最終確認日:2026年8月22日)
  • 外国人介護人材の受入れについて(厚生労働省。最終確認日:2026年8月22日)
  • 外国人介護人材の訪問系サービス従事について(厚生労働省。最終確認日:2026年8月22日)

関連する案件探索は介護M&A事例一覧、基礎論点の確認は介護M&Aコラム一覧も参照してください。新設受皿、指定、契約、雇用、不動産利用の論点は案件ごとに異なるため、本稿の工程をそのまま転用せず、公開資料と個別資料を照合してください。

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